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南相馬慰問コンサートその5

コンサートが終わって、皆さんに
ご挨拶に伺いました。


「今日、これ届いたんだぁ」

と嬉しそうに、将棋をしているおじいちゃんたち。

Minamisouma15_2 

東北人の気質でしょうか?

皆さん、口数は少ないのですが
とっても、実直な方達です。


ごあいさつに廻ると、

深ぶかと頭をさげて
「ありがとうございます」と。

時には「がんばって下さい」とか
言われちゃって・・・・

私は何人もの方から、励まされてしまいました。

こちらのおじいちゃんは
笑顔のかわいい
おじいちゃんでした。

ニコニコしながら、昔話を話してくれました。
・・・・が、なかなか止まらないcoldsweats01


だけど、帰りの車が出発するまで
見送ってくれて、嬉しかったな。



Minamisouma18

Minamisouma20


今日ノーメイクなんで、
マスクのまま失礼します・・・・・


と、冗談を言うhappy02楽しいご婦人たちも。

Minamisouma19

誰一人、愚痴や文句を言う人はいませんでした。

逆に、ポロッとおっしゃる言葉の
重みを感じて、weepジンときてしまいます。

こちらの、おじいちゃんからは

「童謡は良かったなぁ・・・・
もうさ、ふるさとは失くなっちゃうのかな
って思っていたからさ
『ふるさと』を聴いた時には、本当に心にしみたよ~
ありがとうございました」



という、しみじみとしたお言葉を。

すぐ近くにあるのに
帰れないふるさと・・・・・
もしかしたら、このまま?


そんな不安や、やるせない思いを抱えて
日々、耐えている・・・・

どれだけ、切なく酷なことでしょうか。

酪農と農家をされていたという
ご夫婦ともお話しました。


「 牛、十数頭いたんです。
  避難する時に置いて来て、餌だけやろうと思っても
  今度は、放射能の影響で、牛の餌も持って来てもらえない
  このままじゃ、飢死させちゃうし・・・


  ホント、家族同然だもの・・・・
  やっぱり可愛いから仕方ない
  思いきって手放そう・・・・・そう思ったら
  今度は、30キロ圏内の牛は値段つけられないって・・・・・


  結局、タダなら引取るという人がいたから
  全部持って行ってもらった・・・・・・


  農家もやっていたけど、もう作れないし・・・・


  津波の影響もなく、建物も壊れてないし
  あのまま生活できるわけだったのに・・・・

 
  放射能さえなければねぇ・・・・

  

  もう、全部失いました。 」

畳2畳分くらい?のスペースに、お二人で
とりあえずの荷物。
言葉に、強い怒りを込めるでもなく
淡々とおはなしされるので、


逆にいたたまれなく、心がとっても痛かったです。


「御身体に気をつけて、一日一日くじけないで
 お過ごしくださいね」


この言葉が精一杯でした。

それでも、「がんばって下さい」と言われました。




帰ろうと思った時に
再び声を掛けてくれた、
おじいちゃんがいました。


「いや~、あんたの言葉を聴いて
本当に、力が出て来たよ」って。



何の言葉かな?と思ったら




「福島は、世界のリーダーになる・・・」なんちゃら・・・・
と、エラそうに言っちゃったhappy02あの話でした。




「もう、ずっと縮こまっていたんだけどさ
あの話をきいたら、ウォ~っ
そうかぁ~ってな感じでさ
急に力が出て、頭が柔らかくなって、
ス~っとしたよ
ありがとうございました」


と、言ってくれました。




私にも、力をくれる言葉でした。



決して多弁そうじゃない、
あのおじいちゃんが
身振り手振りで
一生懸命話してくれた
その笑顔は、私にとっての宝物です。

おじいちゃん、happy01ありがとう。



昨年11月にお世話になった
浪江の方も何人か、来てくれて
再会することが出来て
やっと、安心しました。


つづく。

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